
国土交通省は、近年台風などによる建築物の屋根被害の増加を受け、屋根瓦の工事方法を強化する方針を固めました。
これにより1956年から変わっていなかった瓦の施工方法に対し、見直しのメスが入ることになりました。
瓦屋根の全数釘止め義務化
国交省の発表

令和2年7月13日に国土交通省より公表された「令和元年房総半島台風を踏まえた建築物の強風対策の方向性」によると、令和元年房総半島台風(第15号)において、住宅の屋根瓦等に大きな被害が発生したことを受け、屋根葺材の被害状況の調査と分析が行われ、被害のあった屋根の8割は瓦屋根であったことがわかりました。
この調査結果を踏まえた建築物の強風対策の方向性として、以下の4点が必要であるとされています。
- 1新築における瓦の緊結
- 2沿岸部向けの瓦の緊結
- 3既存建築物の屋根改修の促進
- 4屋根ふき材の耐風性能の見える化
建築基準法改正の背景
前述の4点のうち、①「新築における瓦の緊結」については、「ガイドライン工法の採用の徹底すべきである」と強い論調になっており、今回の建築基準法改正の動きにつながっています。
- ガイドライン工法とは?
- ガイドライン工法とは、独立行政法人建築研究所や社団法人全日本瓦工業連盟などの業界団体が定めた新しい瓦の施工基準です。瓦の耐震性と耐風性を考慮した瓦屋根の施工基準であり、2001年に作成されました。しかし、現在のところガイドライン工法による施工は義務化されていません。そのため、従来の工法で施工されている瓦屋根の住宅が今でも多くあります。
ガイドライン工法が義務化される背景には、度重なる建物屋根の台風被害の発生があります。
特に令和元年の台風15号による房総半島で発生した、多数の屋根被害は記憶に新しいところです。
加えて近年の気象状況の変化によって、台風や竜巻による被害が年々増加していることも、法改正を後押ししています。
強風によって瓦が吹き飛べば、その建物のみならず周囲へも大きな被害を及ぼし、万一には深刻な人的被害も発生する恐れがあります。
約75年ぶりの改正
瓦の施工に対する法的な基準は、1956年に定められたまま手付かずで現在に至っいました。
屋根被害の増加によって行政の責任が問われかねない状況です。
この被害の増加と法的な基準の放置という二つの要因が、国の重い腰をあげさせたと言えるでしょう。
義務化の対象と今後の見込み
今回の法改正では新築のみが義務化の方向です。
しかし、既存建築物の耐風性能も向上すべきなのは国も十分に認識しており、前述の4つの方向性では③「既存建築物の屋根改修の促進」が示されています。
現実的に古い建物に即時改修を求めることは難しいと思いますが、一方で瓦止めが不十分なまま放置すれば、台風時の被害が減らないことは明らかです。
今後は既存建築物においても瓦がスムーズに改修できるように、国も助成などを検討する方向であり、早急な具体策の発表が待たれます。
ガイドライン工法
従来の工法とガイドライン工法の違い
ガイドライン工法は建築基準法と比べ以下の表に示した違いがあり、耐風性能が大きく向上します。
特に建築基準法で最も問題とされる平部の緊結方法に規定がない点を、ガイドライン工法ではくぎで緊結としおり大いに評価できます。
従来の建築基準法の基準では平部は瓦を固定せず置いてあるだけで良しとされ、台風などで飛んだり破損したりしていたのはある意味当然だったからです。

特に屋根のてっぺんにあたる棟(むね)に至っては、ねじ(ビス)を用いるよう明記しています。
施工方法の比較
建築基準法の告示基準 (昭和46年建告109号) |
ガイドライン工法 | |
---|---|---|
緊結箇所 | 軒、けらば(端部から2枚までの瓦)、むね(1枚おきの瓦) | 原則として全ての瓦 |
緊結方法※ (軒、けらば) |
銅線、鉄線又はくぎ等で緊結 | ねじ及び2本のくぎで緊結 |
緊結方法※ (棟) |
銅線、鉄線又はくぎ等で緊結 | ねじで緊結 |
緊結方法※ (平部) |
規定なし | くぎで緊結など |
※緊結の強度は、銅線、鉄線 < くぎ < ねじ(ビス)
※国土交通省「令和元年房総半島台風を踏まえた建築物の強風対策の方向性」より抜粋
ガイドライン工法の普及率
ガイドライン工法はあくまで業界団体の推奨する努力義務であり、必ず行われている施工方法ではありません。
実際の建物でのガイドライン工法の普及率は5割程度にとどまっており、強風による瓦被害を顕著に減らしているとは言えません。
築後20年経過している瓦屋根は既存不適格?
2000年以前の建築物にはガイドライン工法そのものが存在していませんでした。
瓦葺きの施工方法はハウスメーカーや工務店、もしくは下請けとして工事を請け負う瓦葺き業者(瓦葺き職人)ごとによって裁量がゆだねられていました。
瓦メーカーが用意する施工マニュアルがありますが、当時の施工マニュアルが現行のガイドライン工法に適合しているかは疑問に残ります。
そのため、築後20年経過している瓦屋根の建築物は既存不適格になるおそれがあります。
- 既存不適格とは
- 建物を建てた時期は適法だったが、それ以降に建築基準法などが改正され、法律に不適合になった建物を「既存不適格」とよびます。
既存不適格による損失
既存不適格建築物となった場合、建物の資産価値が下がります。
現状の瓦屋根が台風で瓦が破損したり、周囲に被害を与えたりする危険な屋根と評価されるからです。
今後その建物を売却しようとした際は、屋根改修をおこなったかどうか、ガイドライン工法に沿って施工されているかも、住宅診断(インスペクション)の対象になる可能性が高いです。
- インスペクションとは
- インスペクションとは住宅診断のことです。
雨漏りや小屋組みなどの状況を診断します。
中古住宅の流通が健全におこなわれるよう、第三者のインスペクション業者が住宅診断(インスペクション)をおこないます。
中古住宅の売買の際、建築物の仲介をおこなう宅地建物取引業者がインスペクションの有無等について中古住宅購入者に説明することが義務化されています。
古い瓦屋根の対策
今さら全数釘打ちはNG
それでは古い基準で作られている瓦屋根はどのように対処すべきでしょうか?
新しい基準に合わせて全てを釘留めすれば良いという単純なものではなく、実はそこに大きなリスクが潜んでいます。
建築後10年を過ぎている瓦に釘留めを行うのは、雨漏りのリスクが高くなりとても危険です。
瓦の下にある防水シート(ルーフィング)は10年を経過すると経年劣化で硬くなっており、そこに釘を打てばシートと釘に隙間が生まれ雨漏りにつながってしまうからです。

新しい状態の防水シートはゴムのような性質を持ち、釘を打っても収縮して隙間ができないようになっています。
これが防水シートが屋根材下の防水に適している最大の理由ですが、年数が経過した防水シートは硬化によって収縮せず、新たに釘を打ってしまうと隙間できてしまうのです。
このリスクについて知らずに瓦の釘留めを行うことは非常に危険であり、いまだ注意喚起の声がどこからも聞こえてきません。
テイガクとしては同じ屋根工事に携わる者として、このリスクをぜひ皆さんに知っていただきたいと考えています。
特に注意すべきは沿岸部
国土交通省ではより強く台風の影響を受ける沿岸部の建物においては、より耐風性能の高い緊結方法を検討すべきと言及しています。
もしかすると、新たな建築基準法ではガイドライン工法よりも厳しい施工方法が沿岸部では求められるかもしれません。
葺き替えしか選択肢はない
では不適格な工法で施工してしまった建物は、どのような対策を取るべきでしょうか?
基本的に葺き替えしか方法はありません。

既存の瓦を全てはがし、防水シート(ルーフィング)を張り替え、ガイドライン工法に沿った瓦を戻して全数釘打ちする、いわゆる葺き直しは技術的には可能です。
しかし、手間や費用を考えると、現実的な対策とはいえません。
結局、古い瓦を全て処分し、新しい屋根材に葺き替えてしまう方が望ましいです。
葺き替える屋根は?
それでは、重量があり地震の際に不利になると敬遠されている瓦に、再び葺き替えるべきでしょうか?

自然災害による影響を考慮するなら、金属屋根へ葺き替えることが最も理想的です。
なかでも篏合(かんごう)式きで施工される金属屋根は耐風性能が高く、軽量で耐震性にも優れ価格も手ごろです。
断熱材一体型で断熱性と遮音性に優れた商品もあります。
現在の葺き替え工事において金属屋根は最も採用されている屋根材です。
また、金属屋根は葺き替えで施工した場合でもメーカーの製品保証が付きます。
葺き替えで保証が付く屋根材は金属屋根のみです。
既存不適格となった建物の価値を回復するにはうってつけの屋根材といえるでしょう。
まとめ
これまで瓦の屋根は「重さ」、つまり耐震性への影響について問題視され続けていました。
最近は耐風性への影響についても問題視されています。
個人的に思う瓦の屋根の最大のデメリットは、被災した時の処置が極めて困難であることです。
風速60mを超える強風が発生した場合、金属屋根やコロニアルでも耐えることはできません。
もちろんガイドライン工法を採用したとしても被災は免れません。
しかし、金属屋根やコロニアルの場合、屋根がめくれても応急処置が手軽におこえます。
1時間程度で応急処置が終わることがほとんどです。
一方、被災した瓦屋根はビニールシート張って応急処置をおこないます。
作業は半日作業であり、再び強風がくるとはがれてしまい、何度も応急処置をおこなうはめになります。
被災した瓦を持ち運んで処分するにはお金がかかり重労働です。
たとえば、金属屋根はとても軽く、処分をする時はお金がかかるどころかお金になります。
屋根は私たちの生活と密接に関わる重大な関心事項です。
耐風性に優れた施工方法を義務化することも大切ですが、大災害時に柔軟な対応ができる屋根材を用いる観点も、今後ますます求められるべきだと思います。